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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)1347号 判決

原告 タンガロイ工業株式会社

被告 国

一、主  文

被告は原告に対して金百二十二万二千六百円及びこれに対する昭和二十六年八月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金三十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

二、事  実

第一、申立

原告の申立 主文と同趣旨の判決及び仮執行の宣言を求める。

被告の申立 原告の請求を棄却する、との判決を求める。

第二、当事者間に争のない事実

一、原告は特殊鋼工具類の製造販売を業とする株式会社であつて、昭和二十六年二月二十八日東京特別調達局(以下「特調」という。)との間に、(イ)チツプ(四百個)代金七万一千二百五十円、(ロ)ノズル(八十個)代金九十万四千円、(ハ)バイト(四百個)代金二十四万七千三百五十円(以下「本件物品」という。)外二件を連合軍調達物資として追浜兵器廠に納入する契約を結び、同年三月五日にその納入を完了した。

二、原告の社員山田元彦は、同年七月七日軍よりの納品完了書類をそえて本件物品代金の支払請求書を特調に提出した。特調経理部経理課係員はこれを受け付けて、受取人を山田元彦とする受理番号第四六四一号の支払請求書受理書(以下「受理書」という。)をその控とともに作成し、これに同庁経理部経理課長総理府事務官塚本麟太郎、発行担当者総理府事務官平泰治、鈴木敏郎が各記名押印し、平がこの受理書とその控との割印をした上、同係員は受理書控を手許にとどめ、受理書を山田に交付した。その後特調で支払の公示があつたので、原告の社員木村勇は同月十六日午前十時頃特調に出頭し、かねて届出ずみの印鑑を押した原告の領収書に前記受理書をそえて提出し、代金の支払を請求した。

三、ところが、これよりさき、すなわち同日午前九時頃三田元彦と称するものが特調の窓口に現われて、原告名義の領収書に受理書をそえて本件物品代金の支払を求めた。そこで、特調経理部出納課係官は、この領収書に押してある原告社印及び代表者葛巻一郎の印と、かねて原告から提出してあつた印鑑届にある社印及び代表者印とを照合したところ、いずれも相違なく、且つ、受理書も形式的に欠けるところなく、その上、特調に保管されている受理書控とも完全に符合するので、この受取人が原告のために支払を受ける権限があるものと認めて小切手を交付して支払をすませた。そこで、同係官は原告社員に対して既に代金は支払ずみであるとして、支払を拒絶した。

四、しかし、後で調べた結果によれば、この支払の際に提出された受理書は、さきに原告に交付された受理書とは別のものであつた。たゞ、その内容は酷似しており、原告が交付を受けた受理書と比べると、受取人欄に最初「山」と記載しこれを抹消して「三田元彦」と記載されている外は同じ内容で、同じ受理番号がつけられ、これに経理課長総理府事務官塚本麟太郎、発行担当者総理府事務官平泰治、古川平八郎の各記名押印がある。また、特調に保管されている受理書控は、これと全く符合するものであつて、原告が交付を受けた受理書と符合する受理書控は特調には存在しなかつた。

五、原告は、以上のように特調から本件物品代金の支払を拒まれたので、あらためて被告に対し同年八月三日に到達した書面で本件物品代金の支払を請求した。

第三、争点

原告の主張

一、以上の事実に基き、原告は被告に対し本件物品代金百二十二万二千六百円及びこれに対する支払請求の書面が被告に到達した日の翌日である昭和二十六年八月四日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

特調の第三者に対する支払は、つぎに述べる理由で、債権の準占有者に対する善意の弁済とはならない、

(イ)  特調における受理書の発行と代金の支払とは、内部の事務分担としては別個のものであつても、外部に対する支払手続としては合一のものと見るべきである。

前記の事実関係に基くと、三田元彦宛の受理書には真正の受理書と同じ受理番号がつけられ、経理課長以下の記名押印がされており、しかもこれに符合する受理書控が偽造されて特調に保管され、真正の受理書の控は破棄されているのであつて、かようなことは特調の担当係官でなければできない仕業である。従つて、かような不正行為をした担当係官は、本件物品代金の弁済について悪意であることはいうまでもないところであり、一つの支払手続のうちにこのような悪意の者が介在する以上、特調の支払は善意とはいえず、従つて、民法第四百七十八条による保護は受けられない。

(ロ)  仮りに前記書類を偽造したのが特調担当係官ではなくて、部外の第三者であるとすれば、特調においてはその用紙、官庁印、担当係官の記名印、職印等を第三者が自由に使用することができるような状態にあつたものということができるし、また受理書の控を自由にすりかえることができる状態にあつたものということができるから、このような状態を現出させ、第三者に偽造ないしすりかえを可能にさせたことについては特調係官に重大な過失があり、従つて、被告は善意の弁済を主張することができない。

(ハ)  また、三田元彦と称する者が提出した原告名義の領収書はあらかじめ白紙に原告の社印及び代表者印を押しておき、これにタイプライターで文章を記して作成したものであり、このことは書類の裏面から見れば明らかに判るのである。このように、社印等をさきに押して、後からタイプライターで印書するということは通常あり得ないことで、支払の際少し注意をすれば容易にこの事実を発見することができた筈である。それにもかかわらず、その注意を怠り、偽の受取人に代金を支払つたのは支払担当者に過失があつたというべきで、この点からも債権の準占有者に対する善意の弁済は成立しない。

二、仮に特調のした支払が債権の準占有者に対する善意の弁済として有効であり、原告の本件物品代金債権がこれによつて消滅したとすれば、原告は被告に対してつぎのとおり特調係官の不法行為によつて原告の被つた損害の賠償を予備的に請求する。

(イ)  特調係官平泰治、古川平八郎は、さきに述べたとおり、発行担当者として原告が受け取つていた受理書と重複してこれと同一内容の受理書を作成してこれに記名押印して故意に不正な受理書を発行したものであり、仮に同人等が発行したものでなくてその補助者が作成したとしても、同人等はこの不正な受理書に押印した以上、その発行について過失があつたというべきである。

(ロ)  仮にこの不正な受理書及びその控の偽造並びに控のすりかえが特調の係官以外の者によつて行われたとするならば、この場合には、前に述べたとおり、係官にこのような重要書類の保管について過失があつたといわなければならない。

原告は、特調係官の以上(イ)又は(ロ)の不法行為により本件物品代金百二十二万二千六百円の支払を受けられなくなり、これと同額の損害を被つたから、被告に対しこの損害金百二十二万二千六百円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和二十六年八月四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告の主張

一、特調経理部出納課係官が昭和二十六年七月十六日三田元彦と称する者から本件物品代金の支払を求められた際、請求者の提出した領収書及び受理書はいずれも形式上欠けるところがなく、且つその提出した原告名義の領収書に押してある原告の社印及び代表者印は原告より届出ずみのものと寸分の相違がない上に、受理書もまた特調で保管する控と完全に符合していたことは前記のとおりであるから、請求者は本件物品代金債権の準占有者というべきである。そして係官はその者が真に受領権限があると信じて支払つたのであるから、この支払は本件物品代金の弁済として有効であり、被告はこれにより原告に対する本件物品代金債務を免れたのである。

原告が主張する事実のうち(イ)特調担当係官が三田元彦宛の受理書及びその控を作成したこと、(ロ)同係官が三田元彦宛の受理書控を山田元彦宛の受理書控とすりかえたこと、(ハ)特調に対して提出された原告名義の領収書が偽造であることが容易に判ることはいずれも否認する。同庁係官に原告主張のような過失があることは争う。

二、原告の予備的請求についての主張事実は争う。

第四、証拠<省略>

第五、判断

一、被告の抗弁について判断する。

(イ)  三田元彦と称する者が特調に提出した原告名義の受理書(以下「偽造受理書」という。)の受取人欄には「山」という字の記載があり、それが抹消されて「三田元彦」と記載されていること、そのほかの記載内容は原告に交付された受理書と同じであつて同じ受理番号がつけられ、経理課長塚本麟太郎、発行担当者特調係官平泰治、古川平八郎の各記名押印があること、特調にはこれと全く符合する受理書控(以下「偽造控」という。)が保管されていて、原告が交付を受けた受取人を山田元彦とする受理書と符合する控は存在しないことは、当事者間に争がない。

(ロ)  乙第一号証の一と証人町田欣一の証言とによれば、三田元彦と称する者が特調に提出した原告名義の領収書(以下「偽造領収書」という。)には、かねて原告から特調に届け出てあつた原告の社印及び代表印と同一の印が押されているが、それはあらかじめ白紙に印を押しておいて、その上にタイプライターで文章を打字して作成したものであることが認められる。

(ハ)  また証人地野文雄、柿原太良、町田欣一の各証言によると、特調備付のタイプライターのうちには、偽造領収書を打字したタイプライターの活字と同一の活字を使用しているものが二、三台あつたことが認められる。

(ニ)  次に、証人山田元彦の証言によれば、山田元彦が本件物品代金の支払請求書を特調に提出した当時、特調においては業者から支払請求書が提出された際、係官が一時業者の印を預つておき、内部でこれを使用して受理書等の書類を作成することがあり、山田元彦が支払請求書を提出した場合においてもこれと同様の取扱をされ、同人は原告の社印及び代表者印を書類とともに提出したこと、原告の社印及び代表者印は平常原告会社の業務課長が厳重に保管していることが認められる。

証人堤英雄の証言のうちこの認定に反する部分は信用しない。

(ホ)  なお、証人鈴木敏郎、古川平八郎、平泰治の各証言を考えあわせれば、偽造受理書及び偽造控に押された各係官の印章は、いずれも通常執務中は机上に退庁後は机の抽出中におかれており、ただ平泰治の印章のうち偽造受理書に押された丸型の印章のみは多く自ら携えているがこれとても机上におかれることもあつて、いずれも他の係官に使用させることもあり、また本人以外の者において使用することが可能でもあること、業者から納品代金の請求があり審査の上受理書を交付すれば、台帳によつて処理するので同一の納品につき再度受理書を誤つて発行することはあり得ないことが認められる。

以上(イ)から(ホ)までの事実を考えあわせると、何人であるかは断定することができないが、本件物品代金の請求に関する事務を取り扱つた特調係官又はその補助者のうち何人かが他人と共謀して偽造受理書、偽造控及び偽造領収書を作成し、特調に保管されていた真正の受理書控と偽造控とをすりかえ、偽造受理書及び偽造領収書を行使して特調から金員の支払を受けたものと推認せざるを得ない。

もつとも、証人堤英雄、平泰治の各証言によると、当時特調経理部経理課では業者等が室内に立ち入り、係官の机の上で自己の書類に押印する例もしばしばあり、その人達は特調の支払手続に通じていたことが認められるけれども、前記のとおり本件の偽造書類には多くの印が用いられていて、短時間のうちに作成することは困難であり、証人地野文雄の証言によれば、部外の者が特調に保管されている受理書控のすりかえを行うことは極めて困難なことであることが認められるから、これだけの事実ではさきの認定を覆えすには足りないし、他にこれを動かすだけの証拠はない。

二、ところで、特調における支払請求書の受理から現実の支払に至るまでの諸手続は、特調内部の事務分担としては分れていても、これを外部に対する関係においてみるときは、一体を成した一連の支払手続であるということができる。従つて、この支払手続の一部を担当する係官又はその補助者が前記の不正行為をした場合においては、この一連の手続を分担する他のすべての係官殊に最終に現実の支払をした係官が善意であつたとしても、全体として観た特調の弁済は善意ではないと解するのが相当である。けだし、民法第四百七十八条によつて保護されるのは、現実に支払をした者でなくて弁済をした債務者自体なのであるから、債務者が善意であるかどうかも、現実に支払をした者のみについて判定すべきではなくて、支払手続に関与した者を全体として観察し、これによつて判定すべきだからである。

してみれば、特調の本件物品代金の支払は弁済としての効力を有しないから、被告の抗弁は採用することができない。

第六、結論

以上の理由により、前に掲げた当事者間に争のない事実によれば、被告は原告に対し本件物品代金百二十二万二千六百円及びこれに対する原告の請求書が被告に到達した日の翌日である昭和二十六年八月四日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、その履行を求める原告の本訴請求は正当であるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正 田中盈 太田夏生)

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